近江八幡 左義長祭り【近江八幡・3月中旬の土・日曜日】 (国選択無形民俗文化財) |
◆左義長祭りのいわれ近江八幡は織田信長亡きあと豊臣秀次が八幡山城を築き、それにつれて安土から移住した人々を中心に開かれた町です。 それゆえこの左義長祭のルーツも安土にあり、「信長公記」には毎年正月に安土城下にて左義長祭が盛大に繰り広げられ、信長自身も異粧華美な姿で躍り出たと記されています。 左義長の本体は新ワラで編んだ高さ約3メートルの三角錐のたいまつですが、その上に竹を立て、細長い赤紙や薬玉、巾着、扇などで飾られます。 また、左義長の中心に据え付けられた「だし」はその年の干支(えと)にちなんだものを海の幸(海産物)や山の幸(穀物等)で作られているのが普通です。 昔は毎年3月14日、15日に行われていましたが、最近は3月中旬の土・日曜日に行われています。(詳しい日程は観光案内所にて) 初日の午後は日牟礼八幡宮に参集した十数基の左義長が市内巡行しますが、翌日はそれぞれが町を練り歩き、「けんか」と呼ばれる左義長同士の「組み合わせ」が繰り広げられます。 祭りのクライマックスは二日目の夜。境内で左義長に点火され、燃え盛る左義長の周囲で女装した若衆が乱舞する様は織田信長の気性を想像させるに余りあります。 (近江八幡市ホームページを参考に要約)
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| 近江八幡観光物産協会 日牟礼八幡宮 |